INTERVIEW

それぞれの想い。

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建築士
関口 晃太さん
30代

若手建築士が寄居に戻って事務所を構えた理由とは

[関口 晃太さん]
寄居町出身。一級建築士。
大手ハウスメーカーや建築設計事務所などを勤務したのち、寄居町に戻り独立。公園西エリアにて元歯科医院をリノベーションし「関口設計事務所」を開業。
ー 関口さんは小さい頃から建築士を目指されていたのですか
いや、全然考えていなかったですね。
何かを作るのは好きだったんですけど、建築家になりたいとは思っていなかったです。
ー どうして建築を志されるようになったのでしょうか
大学の時に、建築だけではなくてデザイン全般を学べる学科に入ったんです。
プロダクトデザインとか福祉デザインとか。もちろん建築のコースもあって。
1、2年はデザイン全般を学んで、3年生の時にコース分けがあったんですが、その時に建築コースを選んだのがはじまりですね。
ー いくつかコースがある中で建築を選ばれたのは何故ですか
なんとなく、その時はリアルな目線で、食べていけそうなのは建築かなと思って(笑)
デザインって、やっぱり才能も必要だろうし。
ー 建築家も才能が必要だと思います……
そうなんですけど(笑)裾野が広いじゃないですか、建築って。
なので、どこかしらで食べていければいいかなと思って建築コースに進んだのがきっかけですね。
ー 小さい頃から何かを作ったりすることが好きだったんですか?
そうですね、図工の授業とかは好きでした。
ー 建築コースに進まれて大変だったことはありましたか
ありましたね。もともと文系だったので……。
ー 確かに建築というと理系のイメージがあります
建築というよりはデザインから入っているので、いけるかなと思ってたのですが、どんどん理系の方向になっていって。
ー 構造の計算などありますよね、大変だったのではないですか?
そうなんですよ。だから最初は苦労しましたね、周りは理系の人ばっかりなので。

でも大学で苦労したことよりも、就職してからの方が苦労しましたね。
ハウスメーカーに入ったのですが、ゴリゴリの建築学科の人も多かったので。
ー 就職先としてハウスメーカーを選ばれたのはなぜでしょうか
特に将来像を考えてというよりは、まあ安定したところということですね。
ある程度大きなメーカーだったら潰れることもないだろうし。
最初はそんな消極的な理由で決めました(笑)
ー ハウスメーカーのような大きな会社だと大変そうですね
はじめの頃は深夜まで残業ということもありましたし、無茶な要求もありましたね。
でもそれはそれで楽しかったんですけど。
ー 何年くらい勤められていたのでしょうか
7年半くらいですね。なのでそこがベースとなっています。
ー 具体的にはどんなことが学べたのでしょうか
そうですね、設計事務所って今は市場としては下火じゃないですか。
ハウスメーカーの方が主流となってきているので、その主流を学べたというのは大きかったと思います。
行政とかも恐らくそちらをメインで考えているんでしょうし、そちら側の流れがどうなっているのかを知れたのは強みですね。
建築は社会的な側面が強いので、世の中の動きと切り離して考えるのはなかなか難しいんです。なのでそちらの流れも分かっていないとこれからの時代はやっていけないのかなと思っていますね。
ー 関口さんはその後会社を変えられていますが、ハウスメーカーを退社されたのはどうしてでしょうか
大きなきっかけのひとつは、建築士の資格を取得したことですね。
そして、その時に通っていた資格学校の先生が、意匠デザインをしている建築事務所の方だったんですね。その方の授業を受けているうちに、建築のデザインとかを本気でやりたいなと思う様になりました。

ハウスメーカーだとその会社のルールに基づいて設計するんですが、その中で7年半もしていると結構マンネリ化するところもあって。その時に違う世界を見たことで興味が湧いてきて、それがきっかけで設計事務所に行くことになりました。
ー その設計事務所はどのような基準で選ばれたのでしょうか
施工事例を見たりもしましたが、その設計事務所の世界観みたいなところに惹かれましたね。言葉選びだったりホームページの作り方だったり。
最終的には今後の自分の方向性なども総合的に考えて、ここだったら入りたいなと思って。

それとその設計事務所の本社が表参道にあったんです。やっぱり表参道って建築の桧舞台みたな場所じゃないですか。なのでそこで働くことで刺激がもらえるかなとも思いました。

実際の現場は長野県の軽井沢だったので、入社後しばらくして、表参道と軽井沢を行き来するようになりました。最終的には完全に軽井沢に行って現場を見るようになったんですが、表参道とはシステムでずっと繋がっていて。そういった新しい知識や技術もしっかり取り入れる会社だったので、とても勉強になりました。
ー 軽井沢ではどんな建物を建てられていたのですか
個人の住宅や別荘が多かったですね。
ー 実際に設計事務所で働いてみて、いかがでしたか
ちょうど前任の代表建築士さんが会社を離れるタイミングだったので、僕は代表の建築士である管理建築士として受け入れてもらえたんですけど、それはかなり新鮮で勉強になりましたね。
あと社長が設計者というよりは経営者の立場だったので、その社長のしているマーケティングやブランディングなどの経営手法を間近で見れたことも大きな経験になりました。
もしかしたら設計よりもそちらの方が設計事務所に行って良かったと思える点かもしれないです。いずれは独立することも頭の片隅にあったので。
ー 独立となると設計だけではなくて経営もしないといけないですからね
どちらかというと設計って後じゃないですか。まずは仕事を取ってこないといけないので。その入り口の大事さを改めて気付かされました。
仕事の取り方で設計内容も変わってくるんですよね。フィルタリング上手くできているとかできていないかとか……経営についてもとても勉強になりました。
ー そこから独立するまではどういった経緯があったのでしょうか
1年半くらい設計事務所でお世話になっていたんですが、そのタイミングで他の個人的な仕事を依頼していただいて。
いただいたお仕事が2件あって同時進行だったので、今の仕事をしながらだとちょっと無理だなというのもあって。独立してても2件同時って結構大変だと思うので、これはいいタイミングかなと。
ー 独立に対しての不安はありませんでしたか
不安はそこまでありませんでしたね。どちらかというと楽天家なので(笑)
ー そこまでに経験を積んで自信がついてきたからなんでしょうね
そうなんですかね、何にも考えてないだけかもしれないです(笑)
ー そんなことはないと思いますが(笑)
  では独立するにあたって、寄居町に戻ってこられたのはどうしてですか
いただいたお仕事が寄居の現場だったこともありますが、それでも独立してどこでやろうかなというのは最初は考えましたね。
でもやっぱり自分がある程度必要とされているところがいいかなと思って。東京は建物が溢れかえっているから、自分じゃなくてもいいかなと。
自分も地域も両方活かせる場所を考えたら、歴史も良いところもよく知っているこの街に行き着いたという感じです。
なので地域のためということではなくて、あくまでビジネスとして成り立つ場所を選んだ結果がたまたま寄居町だったんです。
ー ビジネスをする選択肢として寄居町が入っていた、というのは嬉しいことです
そうですね、それが結果的に地域のためになればそれが一番いいですしね。
ー 現在の事務所である建物はどのように選ばれたのですか
もともとは川沿いで考えていたんです。川沿いに設計事務所があったら格好良いじゃないですか(笑)
でもそれに適した物件が見つからなくて。そんな時にここが今誰も使っていないという話を聞いたんです。それで実際に見せてもらった時に、一目で良いなと思って。自分がここで働いている想像ができたんです。
ー この建物のお気に入りポイントは
建物の外観も雰囲気があって良かったですし、中の広さも十分なところですね。設計事務所だと資料を置く場所も必要なので。
あとはずっと居るところなので、建物だけではなくて前の通りの雰囲気も考えましたが、ここの通りは雰囲気も良いですね。
ー 改装中とのことですが、それでもとても良い空間だというのが分かります
もともと昔は歯医者だったのですが、この部屋は診察室として使っていたところなので洋館っぽい感じが出ていますよね。大正の終わりから昭和初期くらいにはこういった建築が流行っていたので、その流れを汲んでいるんだと思います。
ー さすが建築士さんですね。ちなみに、関口さんの好きな建築家はどなたですか?
日本人では吉村順三さんが好きですね。
主張しすぎないんですけど、印象的な形態や空間になっていて、なんとなく真似しようと思ってもちょっと難しいんです。
そういった落ち着いていてあまり主張しすぎないものが好きですね。
ー 関口さんが作る建物も、その好みに沿ったものになるのでしょうか
クライアントあっての仕事なので。
クライアントの理想に寄り添うのは絶対だと思っています。
ただベースはそこにあるので、僕の考えを少しでも理解してもらえるように努力はします。自分の作例にもそういった雰囲気は出てくるのかなと思います。
ー 関口さんが建築士として大切にしていることはなんですか
家を建てるとしても、ご主人がいて、奥様がいて、お子様がいて、となるじゃないですか。
それぞれの人とコミュニケーションを取っていって、それぞれの方を満足させるのが大事なところですよね。

あとは、例えばリノベーションだったら、変える必要もないし、変えない必要もないというスタンスでやっています。
一番良い形を常に求めるというのは意識していますね。
ー 素晴らしいです。
  話が逸れてしまうのですが、畑もされているらしいですね
そうですね、最初に来た時に、体に動かす用事もないし、何もなかったら朝いつまでも寝てるんじゃないかと思って(笑)
健康のためにやっていますね、一人なので体を壊したらもうアウトなので。
ー 寄居も少しずつ変わってきていますが、関口さん自身はこれからどうなっていきたいと思われますか
とりあえずは自分の事務所を長く続けるというのが当面の目標ですね。あまり先の展望までは明確にはないんですけど。
目の前の仕事をここで続けるということが大切だと思いますし、必要としてくれる人も多少なりともいると思うので。
ー 最初はハウスメーカーで主流の中にいましたが、今は逆の立場です。これからどう仕事をしていこうとお考えですか
新築住宅は金額も大きいので、個人ではお施主さんと信頼を得るまでに時間がかかります。会社がある程度の規模がないと信頼を得るのは難しいですよね。
ただリノベーションは小さな工事もあり、個人でも任せてもらいやすいのと、ファジーな部分も多くハウスメーカーもシステム化しにくいので、そこに入り込む隙間があるのかなと思っています。
正々堂々正面から戦っても相手が大きすぎますし、やりたいことも違いますからね。
もしお客様が自分のところに来てくれて、ハウスメーカーと迷っていますと言われたら「迷っているならハウスメーカー行った方がいいですよ」と言うと思います。
僕は毎回同じアプローチで同じ品質のものは生み出せないので。
敷地も人も予算も違うので、やり方も着地点も変わっちゃいます。
それを個性と捉えて面白がってくれる人と一緒に仕事ができたらいいと思います。
ー 独立して充実はされていますか
色んな人に新しく出会うことも多いので充実はしています。
東京の方が人は多いけど、繋がりはこちらの方が強いですね。
ー 貴重なお話をありがとうございました。
こうやって話していると自分でも「自分はこう思っているんだ」と整理ができて良かったです。